
はじめに──“人手不足”は一社の悩みではない
採用広告を出しても応募が少ない。来てくれても続かない。職人の背中を見て覚える文化も難しくなり、技能の継承が滞る。これは多くの中小企業で起きている現実です。
現代社会の状況
日本は人口減少と高齢化が加速し、働き手の母数が細っています。将来人口推計では、今後も生産年齢人口の縮小が続くと示され、地域や業種によっては人材確保が年々厳しくなることが見込まれます。
労働市場は一見すると求職者に有利です。直近の有効求人倍率は年平均で1.25倍。求人が求職者を上回る状態が続いています。特に都市部と地域で倍率差が開き、採用難の体感は企業規模・所在地によってさらに強まります。
さらに価値観の変化も大きい要因です。新卒層の企業選びは「安定している会社」「給料が良い会社」への志向が強く、行きたくない会社の上位には「転勤が多い会社」。仕事観は「楽しく働きたい」「生活と仕事の両立」への関心が高まっています。
どれくらいの企業が困っているのか
帝国データバンクの全国調査では、正社員が不足していると答えた企業は直近で5割超。特に建設・物流・医療などで7割前後が不足と回答しています。人手不足を主因とする倒産は2024年度に過去最多を更新し、採用難は経営リスクに直結する段階に入りました。
製造業では技能継承の難しさも長年の課題です。労働政策研究・研修機構の分析では、製造業で「技能継承に問題がある」とする事業所は過半数にのぼり、伝え手・受け手の不足や「技能の見える化」の不十分さがボトルネックになっています。
若手が集まりにくい理由(構造と心理)
採用が集まらない背景は、次のように重なっています。
- 構造的な母数減少と、都市部・大企業への志向集中。新卒市場では大手志向が過半に達し、中小・地域企業は最初の比較対象に入りにくくなっています。
- ワークライフバランス・地元志向の強まり。転勤や長時間労働への回避傾向が強く、配属や勤務地の裁量を重視する学生が増えています。
- 受け入れ体制の弱さ。中小企業白書は、新卒採用では「指導する人材の不足」を上位課題として挙げています。OJT(職場内で上司や先輩が部下や新入社員に対して、実際の業務を通じて知識やスキルを教える人材育成方法)の設計や教育の標準化が遅れると、せっかく入社しても離職につながります。
- 求人情報の解像度不足。仕事内容・成長機会・キャリアの見通しが具体化されていないと、若手の不安が払拭できません(賃上げの流れの中では条件比較もよりシビアです)。
他の企業はどんな施策を行っているのか
① 賃金・処遇の底上げ
人手不足を感じる企業ほど賃上げへ踏み切る傾向があります。最低限の業界相場を押さえつつ、資格手当・技能手当・住宅や通勤の実費支援など、実生活に効く施策が定着に効きます。
② 教育投資と技能の見える化
これまでの技能伝承は「先輩の背中を見て覚える」という形に依存しがちでした。ですが、それでは人によって習得に差が出たり、そもそも伝える人が不足している状況では限界があります。そこで、作業を標準化したマニュアルや動画の手順書を整備し、段位制度や技能検定を活用して「次に何を学べば良いのか」を分かりやすく示すことが重要になります。こうした仕組みを整えることで、学習のステップが見える化され、若手も安心して成長できます。
③ 受け入れ体制の再設計
採用できても、受け入れ態勢が不十分だと早期離職につながります。特に新卒や第二新卒を迎える際には、事前のインターンシップや職場体験で仕事を理解してもらい、入社後も最初の3カ月はしっかり伴走することが大切です。メンター制度を導入して、先輩が定期的に相談に乗れる体制を作るのも効果的です。実際に、インターンシップを実施している企業の多くがその有効性を認めており、受け入れ体制を整えることが定着率アップに直結します。
④ 働き方の柔軟化
「働きやすさ」は若手にとって大きな関心事です。時間外労働を抑制することはもちろん、固定残業の見直しや、時差勤務・一部リモートといった柔軟な働き方を取り入れることで、プライベートとの両立がしやすくなります。特に新卒層は「転勤したくない」という傾向が強いため、転勤の有無や頻度を明確に伝えることも安心につながります。こうした取り組みは、採用時の魅力だけでなく、入社後の離職防止にも有効です。
⑤ 人材の裾野を広げる
若手の採用だけに頼らず、視野を広げて人材を確保することも重要です。例えば、シニア人材を再雇用して短時間勤務で活躍してもらう方法や、地域の高専・専門学校と連携して将来の人材を育てる方法があります。また、同業他社と協力して共通の研修を行うと、教育コストを抑えつつ質を高めることも可能です。さらに、外国人材の受け入れ制度も整備が進んでおり、育成型の就労制度が導入されつつあるため、中小企業にとっても活用しやすい環境が整ってきています。
今後どうなっていくのか(見通し)
人口・年齢構成のトレンドから、放置すれば採用は年々厳しくなります。一方で、賃上げの流れと自動化・省力化投資の拡大は続き、人に委ねる業務と機械に任せる業務の仕分けが進みます。人手不足関連の倒産は高止まりが予想され、採用・定着・生産性の三点セットを同時に設計できる企業が生き残る局面です。
なぜMVV(Mission / Vision / Value)が必要か
人は待遇や条件をきっかけに入社しますが、その会社に長く残る理由は「ここで働く意味」を感じられるかどうかにあります。特に若手世代は、安定や給与と同じくらい、仕事内容への納得感や、自分の成長実感、そして会社の姿勢との一致を求めています。
だからこそ、企業は自分たちの存在意義(Mission)、実現したい未来像(Vision)、そして判断の基準(Value)を明確な言葉にし、日々の業務や人事制度にまで落とし込むことが大切です。
MVVが採用の場面で果たす役割は大きく、次の3つに整理できます。
集まる人材の質を変える
求人票や採用サイトにMVVをしっかり示すことで、仕事内容と自分の価値観が重なる人材が自然と集まります。実際、学生の調査データでも「やりたい仕事ができるか」「働きやすさ」が重視されており、MVVはそれを伝えるための最短ルートになります。
選考の一貫性をつくる
面接での質問や評価の基準をValue(価値観)に沿って設計すると、採用したい人材像がぶれることがありません。さらに、現場の社員が候補者を口説く際の言葉も統一できるため、内定辞退の防止にもつながります。
定着と育成に直結する
入社後もMVVは力を発揮します。Missionに基づいた技能の段階やキャリアパスを示し、Visionに向けたチーム目標を定期的にレビューする。そして日々の小さな判断をValueに沿って行う。これらが積み重なることで、若手が安心して成長できる環境が整い、早期離職を防ぐことができます。
このようにMVVは「採用のためのスローガン」ではなく、入社前から入社後まで一貫して機能する会社の土台です。言葉と仕組みが噛み合っている企業ほど、若手から選ばれ、定着しやすくなるのです。
まとめ
人材不足は景気の波ではなく、人口減少や若者の価値観の変化がもたらす構造的な問題です。これからは「数を集める採用」ではなく、「自社に合う人を惹きつける採用」へと視点を変える必要があります。
もちろん賃金や制度の整備も欠かせませんが、それだけでは不十分です。企業として「何のために存在するのか」「どんな未来を目指すのか」「どのように行動するのか」を明確に示し、日々の仕事や育成の仕組みに落とし込むことが重要です。
技能を仕組みで継承し、働く意味を言葉にできる会社は、若手にとって選びやすく、そして長く働き続けたいと思える会社になります。